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京都地方裁判所 昭和46年(ワ)1204号 判決

原告 下村修

被告 国 ほか一名

代理人 宗宮英俊 棚橋満雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者の求めた裁判)

請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金四三二一万四八一二円および内金四一二一万四八一二円に対する本件訴状送達の翌日から、内金二〇〇万円に対する第一審判決言渡日の翌日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

被告らの請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決、但し原告勝訴の判決に仮執行の宣言が付される場合は担保を条件とする仮執行免脱の宣言

(請求原因)

1  事故の発生

原告は、昭和四四年七月二二日京都府舞鶴市神崎所在、若狭湾国定公園神崎海水浴場において、海水浴をおこなつていたが、同日午後一時二〇分頃、同海水浴場の汀線より沖合約六五メートル離れた地点に設置されていた木造の飛込台(以下本件飛込台という)より通常の前傾姿勢を保つて飛込んだところ、飛込台の高さに比して水深が浅かつたため海底部に頭部を強く打つて傷害を受けた。

2  原告の負傷の部位程度及び後遺症等

原告は、右事故により、頸髄損傷、第六頸椎圧迫骨折、第二、第三頸椎棘突骨折の傷害を受け下半身が完全に麻痺しその治療のため、昭和四四年七月二二日から同月二六日まで八雲病院に、同月二七日から同年一〇月二六日まで京都五条病院に各入院し、更に、同月二七日から大阪市福島区所在の関西電力病院に入院し二回にわたり手術を受けたが、現在もなお、第六頸髄以下の皮膚知覚脱出、排尿は反射的に可能なるも排便は不能、両手関節屈曲不能、手指の自運動不能、自力による坐位、立位の保持不可能、体の移動不能等の症状が残存し、現在の医学においては、右症状の回復は殆んど希望がもてない状態にある。

右症状は、身体障害者等級一級に該当する。

3  被告らの責任原因

(一)  本件事故発生地である神崎海水浴場は、自然公園法第一〇条第二項の規定に基づき指定を受けた若狭湾国定公園に包含され、その一部をなしている。

そして、右若狭湾国定公園のうち、京都府区域内に存する部分は、京都府知事が被告国の機関として管理しており、管理費用負担者は被告京都府である。

(二)  本件飛込台は、その設置されてあつた周囲の水深が約一・二米位であるのに、水面から飛込台上までの高さが約一・八米もあつた。従つて、成人の男子が右台上から飛込んだ場合には、海底に頭を打ち、その結果、本件のような事故が発生する危険を有していたことは明白であつた。(ちなみに、本件事故発生後、本件飛込台の脚は、西舞鶴警察署の手によつて、約七〇糎切断されている)

(三)  本件神崎海水浴場は、前記のとおり、若狭湾国定公園の一部を組成し、海水浴場として広く国民の利用に供されてきた自然公物であるが、自然公物といえども、国家賠償法第二条の「公の営造物」であり、従つて、その管理の瑕疵により損害が発生したときは、国又は公共団体は当然に賠償責任を負わなければならない。

(四)  本件海水浴場(海面及び海浜地)は、被告国の所有に属する公共用財産であり、その管理主体は被告国であるが、自然公園法の適用を受ける国定公園の区域内に存するため同法により本件海水浴場は被告国の機関たる京都府知事により管理されているものである。

(五)  管理の瑕疵について

公物に対する管理の瑕疵とは、公物本来の安全性を欠いている状態をいい、従つて、管理者が法規に従い、法規どおりの管理をしていても、公物に安全性の欠如がある限り管理の瑕疵があることになる。

ところで、公の目的に供されている自然公物に対する管理の瑕疵の有無の判断については、単なる法令の解釈によつてだけでなく、自然公物が供されているところの公の目的の内容、公共性の程度等具体的事情を総合勘案して客観的に決せられるべきところ本件海岸は国定公園の区域に指定され、国民の利用に供され、その利用の増進が積極的に期待されている場所であるという事実は十分考慮されて然るべきである。即ち、海水浴場として広く公共の利用に供されているところに、飛込台が設置されてあれば、この飛込台もまた海水浴場の一部として利用されることはきわめて当然であり、またきわめて容易に予想されるところである。しかるに、前記のような明白な瑕疵のある本件飛込台を海水浴場に放置しておけば、本件のような重大な事故が発生し、公共の目的に反する結果を招くことは容易に予想しうるところである。従つて本件海水浴場の管理者である京都府知事としては、同海水浴場を国民が安心して利用できるように、本件飛込台を除去する等の事故予防の措置をとることが管理者の責任であり、公物に対する管理内容であるのに京都府知事は漫然と危険な本件飛込台をそのまま同海水浴場に放置していたのであるから、結局国定公園神崎海水浴場の管理に瑕疵があつたものといわざるをえない。

(六)  よつて、被告国は、国家賠償法二条により、被告京都府は同法三条により、それぞれ原告の被つた後記損害を賠償する責任がある。

4  損害

原告は本件事故により次のとおり損害を蒙つた。

(一)  休業損害 金一五四万二二七四円

(1) 原告は、本件事故当時、京都市職員(技術吏員)であり、京都府職員給与条例給料表の五等級一〇号給の給料、並びに同条例第一〇条に基づく調整手当、同条例第一一条に基づく時間差手当の支給を受けていた。

(2) 原告は、前記傷病のため、昭和四四年一一月一六日休職処分となり、同日から昭和四五年一一月一五日までは給料、調整手当合計額の八割を、同月一六日から昭和四六年一一月一五日までは前同額の六割を休職給として支給された。

(3) 昭和四六年一一月一六日からは、右休職給は支給されず、六ヶ月間、通常の給与総額の六割に相当する傷病手当が健康保険組合より支給されるだけであり、従つて、昭和四七年五月一六日以降は原告は全くの無収入となる。

(4) 原告は本件事故に遭遇しなければ、通常の勤務成績で仕事に従事し、給料も昭和四五年四月一日には前記給料表の五等級一一号給に、昭和四六年一月一日には五等級一二号給に、昭和四七年一月一日には五等級一三号給に各昇給し、又毎年期末勤勉手当の支給も受けられたはずであるが原告が昭和四四年一一月一六日から昭和四七年五月一五日までに実際に支給された前記休職給と傷病手当の合計は金一〇七万三四六八円である。原告が本件事故に遭遇しなければ右期間に受けたはずの給与総額を算出すると、金二六一万五七四二円になり、右額より、前記の現実に支給された金額を控除した差額金一五四万二二七四円が休業損害である。

(二)  逸失利益 金二三六四万二六四二円

原告は事故当時、満二七才(昭和一七年一月一五日生)であり、京都市職員に定年退職の規定はないが、一応満五五才で定年退職することとして原告が昭和四七年五月一六日以降定年退職するまでに受けるべき給与総額を前記の昇給率、並びに毎年の期末、勤勉手当等を考慮して算出したうえ、ホフマン方式により中間利息を控除すると金二三六四万二六四二円になる。

(三)  退職金 金三五四万六四五六円

原告が満五五才に達し退職を願出たとすれば、退職手当の支給を受けることは確実である。

京都市職員退職手当支給条例によれば、退職手当は退職時の給料に勤続年数に応じた係数を乗じて得られるのであるが、右条例に基づいて計算すると原告が満五五才で退職すると、退職手当は金八一五万六八五〇円になるが、中間利息を控除すると、金三五四万六四五六円となる。

(四)  付添費用 金七三八万三四四〇円

(1) 原告の前記傷病のため、原告の母親沢井ますえが昭和四四年七月二二日から昭和四六年一二月三一日まで八九三日間、原告の付添看護をしてきたが、この付添費用は一日一、〇〇〇円として計算すると金八九万三〇〇〇円になる。

(2) 原告の現在の症状からみると、少なくとも今後三〇年間(平均余命年数から算定)は付添看護を必要とするが、その期間の付添費用を中間利息を控除して計算すると金六四九万〇四四〇円となる。

(五)  慰藉料 金五〇〇万円

原告は、本件事故当時、独身の健康明朗な青年であつたが、本件事故のため前記のような重傷を受け、一生ベツトの上の生活を余儀なくされた。手足の運動の自由がきかず、かつまた排尿排便も自分ではできず、かつ食事さえ一人ではとることができないという全くの不自由な全面的に他人依存の生活を一生おくる精神的苦痛は、言語に絶するものであり死にもまさるものである。よつて原告の右苦痛に対する慰藉料は金五〇〇万円を下らない。

(六)  弁護士費用 金二一〇万円

原告は、本件複雑困難な訴訟を提起するにあたり、原告訴訟代理人に訴訟委任をなし、京都弁護士会報酬規程の範囲内で着手金としてすでに金一〇万円を支払い、第一審の勝訴判決言渡後に金二〇〇万円を支払う旨を約したので、前同額の損害を蒙つた。

5  よつて、原告は被告らに対し、前記損害合計金四三二一万四八一二円および内金四一二一万四八一二円に対する本訴状送達の翌日から、内金二〇〇万円に対する第一審判決言渡日の翌日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する被告両名の答弁)

1  原告がその主張の日時、場所(但し若狭湾国定公園神崎海水浴場という名称ではない)に於て飛込台から飛込んで頭部を海底に打つて負傷し、入院して治療を受けたこと、この事故現場が若狭湾国定公園の区域内にあること、本件海水浴場が自然公物であること、原告が当時京都市職員であつたこと(被告京都府は原告が五等級七号給を受けていたことも争わない)は認めるがその他の事実は不知、被告らに賠償責任があるという原告の主張は認めない。本件飛込台は危険物ではないし被告らが設置したものではない。

2  本件事故のあつた神崎地区を含む若狭湾国定公園は旧国立公園法第一一条第二項に基づき昭和三〇年六月一日厚生大臣より国立公園に準ずる区域に指定され同三二年六月一日自然公園法の制定に伴い国定公園とみなされることになつたものであり、厚生大臣は前記三〇年六月一日厚生省告示第一六六号により若狭湾国定公園内の神崎地区の一部である陸地部分を特別地域に指定したが本件飛込台のあつた海面部分は特別地域に指定しなかつたので普通地域に属することとなつた。

この普通地域は自然公園法第二〇条により公園の風景の保護を図るため厚生省令の定める基準をこえる規模の工作物の新築増改築をするには都道府県に届出ねばならないとし、これに対し都道府県知事は禁止、制限等の措置をなしうるが、同法を受けた昭和三二年厚生省令第四一号、自然公園法施行規則第一四条はその基準を高さ一三米又は延面積一〇〇〇平方米をこえるものとしているので本件飛込台はその規制の対象とならず従つてその届出もなかつたので被告らにはこれの設置、管理に何の権限も義務もない。従前若狭湾国定公園神崎地区において自然公園法第二〇条により届出がなされたものは一件もない。

(被告国の主張)

1  神崎海水浴場は自然公園若狭湾国定公園の区域に属しているが、自然公園は国家賠償法二条の公の営造物に該当しない。

自然公園法は、すぐれた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を目的として、昭和三二年に制定されたもので、自然公園として国立公園、国定公園および都道府県立自然公園の三種類が規定されている。

すなわち右の自然公園は、すぐれた自然の風景地を国民の保健、休養および教化に資する目的で国または都道府県が区域を定めて指定するものである。

そして自然公園の区域を定めるに当たつて、その区域内の土地、水面等に所有権、地上権、賃借権その他の支配権等の権原を取得することなく、むしろ逆に、国有財産、公有財産、私有財産の如何を問わず、その財産管理を他の者が行なうことを前提として設定する、いわゆる「地域性公園」であり、自然公園の区域設定の趣旨は、その区域を、自然公園としてのすぐれた自然の風景を保護するため、特別保護地区、特別地域、海中公園地区、普通地域に区分し、風致、景観の保護を目的としており、工作物の設置、土石の採取等の一定の行為について許可制または届出制とし、違反した者に対しては原状回復命令を課する等の公用制限を行なうのも右の目的の範囲内に留まるのである。

以上のとおり自然公園法は、所有権等の権原に基づいて積極的に道路、営造物公園である都市公園等の施設を整備し、その管理を行なうことを骨子とする道路法、都市公園法や、河川や海岸等の区域全域にわたつて積極的に総合的な管理を行なうことを内容としている河川法、海岸法等営造物管理の実態を具備した立法と大きく異なるところであり、むしろ、一定の行為の規制を行なう観点から設けられた地域地区の制度である都市計画法の風致地区や市街化調整区域、首都圏近郊緑地保全法の近郊緑地保全地区等に近似した内容を有するものである。

従つて自然公園の区域をもつて「公の営造物」に当たると解することは相当でない。

なお、自然公園法は、すぐれた自然の風景地を保護するとともにその利用増進を図るため歩道、園地、避難小屋等の施設を公園事業として整備することとしており、これらの施設については、予め所有権等の権原を取得して行なうこと等から営造物管理の実態を有することとなるが、この営造物管理が当該施設に限定されるものであることは申すまでもない。

しかし本件飛込台は、国が設置したものではないから右にいう施設でないことは明らかであつて、被告国がこれについて責任を求められる筋合はない。

2  原告は、本件海水浴場(海浜地および海面を含む―以下両者を含め「海岸」という。)を国家賠償法第二条にいう「公の営造物」に該当すると主張するが、本件海岸の如き自然公物は、同条の「公の営造物」に該当しない。

すなわち、同条の規定は民法七一七条を受け国の場合にも賠償責任を認めようとして、その責任者の範囲を拡張した趣旨のものにすぎないのであつて、国の場合にかぎつて、特に民法七一七条よりも賠償責任の要件を緩和したとみるべきものではない。(加藤一郎著「不法行為の研究」三七頁、同著「不法行為法」一九四頁、各参照)。そうすると、国家賠償法第二条にいうところの「公の営造物」というのも民法七一七条との対比において考えるべきであり、結局「土地の工作物」と同趣旨の施設、すなわち、人工的に手を加えた物的設備を意味するものと考えなければならない。これを本件海岸についてみるに、本件海岸は風光明媚な自然の景観を保持した海辺であつて、そこには人工的な工作は何らなされておらず、全く自然の状態をそのまま維持しているものである。いな、むしろ、ここに手を加えることそれ自体が制限されているところの、まつたくの自然公物というべきものであつて、このような自然の状態のままに存在する海岸は国家賠償法二条にいう「公の営造物」には当てはまらないといわねばならない。

3  原告は、本件海岸が国の所有・管理するところであるから、本件飛込台の如き危険物があれば、その管理権の作用としてこれを除去すべきであつたにもかかわらず、これを除去しなかつたのは被告国の管理に瑕疵があつた、と主張するようであるが本件飛込台が危険なものでないことは勿論かりに原告主張の如くそれが少し低すぎていたとしても、そこでの瑕疵というのはその飛込台自体に瑕疵があつたということであつて、それが置かれている海岸に瑕疵があつたということにはならないのである。つまり、ある物に瑕疵があるか否かは、発生した事故の内容や物の用途との関連においてその原因を検討して判断すべきものであつて、一般的抽象的に論ずべきものではない。本件海岸は国がここを特に海水浴場として設定したものではなく、太古の昔から自然に存在している海辺を市民が事実上海水浴場として自由に使用していたにすぎないものであるから、この海面が海水浴場として安全であるべき状態でなければならないと要求するのは当を得ていない。瑕疵というのは、その物が本来に備えているべき性質や設備を欠いていることをいうのである。人工的に設けた設備ならいざしらず、太古の昔から存在する海岸や山岳等自然物にあつては古来一般に人の自由なる使用に委ねられてきたのであり、その使用にあたつては、これを使用する各人がそれぞれの責任において様々な態様において使用してきた。海水浴しかり、登山しかりである。しかしながら、海岸や山岳は海水浴や登山のためにできたものではなく、自然が作り上げたものである。人はそれを危険覚悟で千差万別それぞれの用途に利用してきたものであり、国家としてもこのような自然の創造物についてこれら海水浴や登山が安全に行なわれるような設備を設けることは従前からも要求されていなかつた。かような自然の創造物については、国家として個々的にどのような状態を保持しなければならないかといつた基準は予定されておらず、またかような自然物につき人為的に基準の設定を考えること自体無意味であり本件海岸についてもそれが本来備えているべき状態はどのようなものであるかを云々すること自体無意味といわなければならない。

右のように本件海水浴場は自然が創造したものであつて、国が遊泳その他市民の積極的利用を企図して設定した海岸でもなく、また飛込台自体も被告である国の設置管理していたものでもないのであるから、本件海岸に瑕疵があつたとはいえず、被告国が責任を負ういわれは全くない。飛込台を利用していての事故である本件にあつては、まさに飛込台それ自体の瑕疵(かりに低すぎたとした場合)が事故の原因をなしているから瑕疵ある物とは飛込台それ自体であつたといわなければならない。もし原告の論法によるならば、土地の所有者に無断で構築された建物内で惹起された事故(例えばエレベーター事故)の場合には、かかる危険な建物を放置し撤去させなかつた土地所有者に責任ありという結論となり、常識的にみても首肯し得ないところである。その場合に考えなくてはならないのは、何を利用していたか、ということであり、ひいては利用していた物自体の設置・管理者は誰かということである。本件ではまさに飛込台自体が被利用物件であり、これの設置者管理者を問題とすべきである。

4  海岸は、さきに述べたように、その自然の状態のままで公共の用に供される自然公物であり、殊に海面(ここで海面とは、一定の位置をもつ海床たる敷地とその上にある水をもつて構成される統一体を意味する。)は、財産的支配の対象となりうるものではない。

所有権概念は、本来、排他的な使用収益権能をその本質的内容とするものであり、民法七一七条あるいは国家賠償法二条の責任の根拠もここにあると解すべきである。したがつて、この点の吟味を経ずして、単に海岸は国の所有するものであるということから直ちに国家賠償法第二条の責任を引き出すことはできない。

海面を国の所有であるとし、それを公的所有権というか否かは、公法学上の概念定義の問題にすぎないが、その意味するところは、当該海面が国家統治権の及ぶ自然公物であつて、何人の私的所有にも属せしめることのできないものであるということにとどまり、これを所有権と呼ぶとしても、それは国の所有する普通財産や、庁舎等の公物とは全然性質を異にするもので、前述の所有権概念に比べれば有名無実のものである。

また、海面は、国の公法上の支配に服すべきものであるが、その支配とは、本来の所有権概念に内包される包括的具体的な管理権を意味するものではない。国が、海面について具体的な管理権を行使するためには、実定法上の根拠を必要とする。たとえば、海岸法にもとづく管理権は、津波、高潮、波浪その他海水又は地盤の変動による被害から海岸を防護し、もつて国土の保全に資する(同法一条)ために、同法に定められた具体的な管理行為をする権能であり、港湾法にもとづく管理権は、港湾の開発、利用に資するために、同法に定められた具体的な管理行為をする権能である。原告は、本件海岸が自然公園法による公園区域内にあることを、国等が本件飛込台の瑕疵について責任を負うべき根拠として主張するようであるが、私人の設置した飛込台のような工作物について国等がその安全保持のための管理監督権限を有する旨を定めた規定は、同法にはない。原告の論法によれば、自然公園内において私人が観光目的に供するために有するすべての施設(旅館等の宿泊施設、展望台、遊覧船その他)について、国または地方公共団体がその安全管理をすべきこととなるが、そのような権限の根拠を自然公園法から引き出すことはできない。

以上のとおり、本件海岸が国の所有・管理するものであるから、国は本件事故について国家賠償法二条の責任を負うべきであるとの原告の主張は、失当である。

5  過失相殺について

原告が本件飛込台を利用するについては、当然の措置として、まず水深がどの程度であるかを確認して、しかもその水深に応じた飛込み方をすべきであつた。しかるに原告のみが負傷しているところからみて、原告はその水深の確認をせず、無謀な飛込み方をしたといわざるを得ない。これらの点は、かりに被告らの賠償責任を肯定するにしても当然に斟酌し、過失相殺がなされるべきである。

(証拠)<略>

理由

一  原告が昭和四四年七月二二日午後一時二〇分頃、舞鶴市神崎海岸の海水浴場に於て木造の飛込台から飛込んだところ頭部を海底部に打つて負傷し、入院したことは当事者間に争いがなく、その症状が原告主張のごときものであることは<証拠略>によつて認められる。

二  本件事故のあつた神崎海水浴場が若狭湾国定公園内にあることは当事者間に争いがなく、<証拠略>弁論の全趣旨によると若狭湾国定公園は被告ら主張のような経過で自然公園法による国定公園となつて今日に至つているが、本件海水浴場である海面は特別地域等に指定されたことがなく普通地域に属していること、普通地域に於ては自然公園法第二〇条同法施行規則第一四条により高さ一三米、延面積一〇〇〇平方米をこえる建築物の新築、増改築をしようとする者は都道府県知事に対しその旨の届出を要し、知事は風景保護のためこれを規制することができることになつているが本件飛込台はこれに該当しないので規制の対象となつていないこと、本件飛込台は海水浴客に対するサービスのため舞鶴観光協会神崎支部が設置したものであるが、被告らはその設置、管理等について何の関与もしていないこと、この飛込台のあつた場所が被告らの所有に属したりするものではないことが認められる。

三  自然公園法は自然の風景を保護してその利用増進を図り、国民の保健、休養、教化に資する目的で制定されたもので、国や地方公共団体はその目的達成のため特別地域、特別保護地区、海中公園地区等を指定し、それに指定されない普通地域とともに各別に自然保護のために一定の規制をすることができることを定めているが国や地方公共団体がその中で所有権や地上権、賃借権のような直接の支配権をもつている物の場合は格別、然らざる場合の規制のためになされる国や地方公共団体の権限は自然の景観等をなるべく保護しようとする自然公園法の目的を達するための行政上の規制に止まるもので直接の支配権をもつているものではない。

一方国家賠償法第二条にいう公の営造物とは国又は公共団体が道路、河川、建物のように一定の目的に供するため直接これを支配し設置管理している有体物、物的設備をさし、自然公物は一切含まないとか人工を加えたものに限ると解する要はないが、国家主権が及んでいるとか自然公園法により規制しているからという程度の権限に止まるものは含まないと解するのが相当である。

従つて本件飛込台のあつた神崎海水浴場が若狭湾国定公園内にあつたからといつてその設置管理に何の関与もしていない被告らを以てその賠償責任者となすことはできない。

よつて原告の本訴請求は爾余の判断を俟つまでもなく失当であるからこれを棄却し訴訟費用の負担に民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菊地博)

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